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現実逃避
科学は、科学で科学を説明しようとしたことがあるのかな?
自分の理論で自分が説明できなければ、本末転倒な気がするのだが。とフラクタルについて読んでておもいましたー
複雑系科学にしても医学にしてもそれなりにおもしろいけど、自身の信憑性を厳密に議論できなくてどうする、と思う。厳密な議論する必要ないとかいう意見もあるかもだけど、僕の言うその必要な議論ていうのは、別に他の理論を使って普遍性を持たせろとかいうのではなくて、少なくとも自身の理論を使うだけでいいから、とりあえず1通りの方法で自分の正当性を評価してみてよ、というくらいの要求なのだが。
まぁそれができたら苦労しないか。何事も一つのツールでしかないという認識しか求めなければ、別に大した影響はないはず。とはいえそのツールの持ち主は、おそらく自分と呼べるような何か。だからその自分に関しては少なくとも厳密に考えなくちゃいけないと自分は考えるわけで、だから僕はその自分(僕)と呼べるような何かについて考えずにはいられない。今までに体得してきた様式(主に言語と因果律を使用)で考えると、全ては自分と呼べるような何かに帰着してしまうから、なんとかしなくちゃいけないと、いつも思う。考える様式を変えるか、今のままで考え続けるか。だから僕は本を読む。そして、宗教を信仰している人を若干羨ましく思う。僕はもはや何か自分と呼べるようなもの以外を信仰する余地はないのだけれど、もし何かのきっかけで自分以外のものを信仰するようなことになれば、それは矛盾ないユートピアで毎日生活するようなものなのだろう。今自分は、自分の周りにあるいろいろな矛盾を解決したいと考えて四苦八苦しているのだが、そんなすばらしい世界では、哲学的にどんなことを考えるようになるのかなぁ。きっとその社会に於ける生産性と呼べるようなものだけはひどく向上するにちがいない。だから宗教の絡んだ建物は皆立派なのだと思う。
科学の各領域をつなげる理論として複雑系という考え方がでてきてるけど、この科学教信者だらけの社会に実存するため生きにくい僕としては、早く科学と実存の溝を埋める理論を確立して欲しい。あ、てかそれは理論でなくてもいいな。まぁ因果律が根本にある言語を使用する限り、理論での説明が求められてくることは多いのだろうけれど。とりあえず実感として矛盾のない世界に住みたい。


てか気付いたら明日からの血液ほとんどやってない汗
現実世界は楽しいけど厳しいのぅ
あとポリクリ4日間がんばるぞーーっ

***************
と書いてから気付いたのだが、科学は、科学で科学を説明しようとする必然性はないのですね。説明する主体はあくまで自分自身であるから、自分自身以外の主語が何かを説明する必然性はない。だから、科学は科学で科学を説明しないからと言って、それに対しておかしいだろ、と疑問を投げかけることはできないのかな。この辺は主体性についてもっと勉強しなきゃいけないところですか。。
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