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サンドバック
形成外科だけに小児が多くて、病棟にカルテ見に行ったら、以前精神班で担当していた子に会う。覚えていてくれるのは嬉しいものだけど、その後がいけない。表情筋で無理に作った満面の笑みで腕をつかんで、腹を殴る。足も蹴る。同じところを執拗に。これはただのじゃれあいじゃないな、思う。そして僕は、17年もののサンドバックになる。
サンドバックの顔は笑う。でも多分、目は笑っていないのだと思う。彼は僕の何かを失いたくないかのように、手を離さない。そして、隙をみつけては殴る。

17年前のサンドバックの話。
朝会ってしまうと、アサカ君は満面の笑みで腕をつかみ、腹を蹴り、腕を抓った。僕は帰り道を探して物陰に隠れ、裏門から走って逃げる。ひきつった顔で笑って逃げる。僕の笑いの数パーセントには、今でもその成分が含まれている。

今でもそれが何であるのかはよくわからない。アサカ君の転校とともに、僕がそれと向き合うことを忘れてしまったから。(尤も本気で向き合い続けてきたら、僕はマッチョな体育会系の男になっていたかもしれないw) でも心を病んでいる彼は、今でも僕のどこかに潜むサンドバックを敏感に感じ取り、そこに拳を打ち込む。
殴ることで、何が得られて何が得られないのか、わかってもらえればいいと思う。けれど僕は、それを前向きに教えてあげることはできない。暴力に対し、僕は良き殴られ役であって、自分の社会的な何をも見せてあげることはできない。

僕はただ暴力から逃避し、それに対して有効な手段を何一つ身に付けずに大人になった。そのあたりのことと、僕が現在の身体感覚をこれまで軽視してきたことは、歴史的に有意な繋がりがあるのかもしれない。20歳位まで、僕が現在を捨てて未来を選択することを厭わず、科学に盲目的な憧れをもったというのは、耐え難い身体感覚を有するサンドバック的自分を塗り替え乗り越えるためだったのかもしれない。

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