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原動力
5年先のことなんて考えもつかないし、5年後のために1年後に何をしていればいいか考えて、そのために今何をするかなんて考えも及ばない。だからといって、今何もしなくていいわけではない。それがiいずれも原理的に仕方のないことなのはわかっている。

究極的に言えば、結局選択なんてあってないようなものだし、自由なんてあってないようなものだし、束縛されているようで、完全にそうだというわけでもない。そういう漠然とした評価しがたい宙ぶらりんの、恵まれているのか恵まれていないのかすら自己評価不可能な環境にいて、もしもそこに一つの、全ての質量をもつものを引き込みうる質点を見つけるとしたら、それは原動力という言葉だと思った。

たとえば5年先のことはキャリアープランニングの方法論において極めて大切だけれど、そこに何らかの目標とか将来像とかを見出せないほど現在が混沌としているとき、自分が確認することのできる唯一のものは、現在の原動力のベクトルであって、他が真っ暗闇で何一つわからないという状況に陥っても、それさえ自分の心の中に、火のように灯っているのをこの目で見ることができたならば、自分は希望を持っていいのだと思った。むしろそれさえあれば、他の何を失っても、手探りで進まなくてはいけなくなっても、怖くなることはない。
その一方で、その灯火を見つけるためには、5年先を見るという動作を、まるで儀式のように遂行しなければならないし、そこで、そこには何もないのだという苦しみや恐怖を噛み締めなければならない。けれどその時に起こる現在の自分の変化に敏感でありさえすれば、次の瞬間にはちろちろと燃える現在の心の底に溜まった矢印型の燃えかすに、僕はやっと希望を持つことを許されるのだろう。
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