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ところてん
んー、最近いろんなものが動いている。動かさざるをえないというか。
安定はしていないけれど、何も考えられないのに停滞しているよりは、悪くはない時期。

今日、かなり昔からお世話になっている先生と話す機会があった。
答えが出ない、というのは原理的に仕方がない。そういうものは、いくらでもある。だから、時間がきたら、ところてんのように押し出されて、そのとき自分ができる形をつくる。それがたとえ無様な姿であっても、今唯一僕ができることはそれだけなんだ、と納得する。そうするしかない。そういう、どこかに行かなければならない時間がきたことに、ある意味感謝しなければいけないのかもしれない。
やっぱり病院見学に、行こうと思った。えぐくても死にそうでも何でも、もう、いいや。やっと今日、そう思った。

その裏で、ふと考えること。多分、僕の生き方には内科系、精神科の2通りある。ずっと前にもどこかで書いたように。
入れにくい患者のCVカテを1本入れるのに45分かかる。その手技をやっているのと同じ時間で、たとえば僕は今日、QBの合間に、対角線論法の概要を読んだ。これで、カントールとラッセルのパラドクスは解けてしまう。CVカテ1本入れるのと、パラドクスの解消。次元の違う話を比較するのは、所謂category mistakeで間違いなのかもしれないけれど、今選べといわれたら、答えは歴然としている。やっぱり最終的な答えはまだ出ていないのだ。
ちなみに数論の歴史を辿っていると、自分が一年前に先輩と話してて行き着いた哲学的な極小値に似た議論が出てくる。このカントールとラッセルのパラドクスも、まさに自分たちが話していた概念を集合で表したものに過ぎない。もっと早く出会っていればなーと思う。だから、何度も思う。医学は、あくまでメタ的発想には依存し切れないのだ、と。だってせっかくCancer stemという一種の概念を提出しても、それは結局下の階層のwetな実験による一定の方法で証明されなくてはいけない。いくらメタ的概念を提出したとしても、観察・観測の階層に落とし込まれる。科学哲学はまだよくわからないので議論しづらいが、その次元から抜け出すことは、原理的に不可能。
まぁそれでも人はいくぶん幸せになるようなので、功利的には問題ないのかもしれないけど。

まぁいいや、とりあえず見学には行くと決めた。
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