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こなすこと
書くのは基本週末だけにしよう、と心の中で決めていたのだけれど、なんだかやっぱりそういう気分なので投稿。ただ日々の生活をこなしているだけでは抜け出せない何かがあるから。それは、生活のこなしかたが甘いからなのか、原理的にそういうものだからなのかは、わからない。

自分の時間は、就寝直前と起床直後にとろうと決めた。ありきたりですが。
就寝直前は、へんな時間に寝てしまうことを除けば大して大変ではない。寝ようと思ったときに蛍光灯を電球色だけにして、Keith Jarrettの"The Melody At Night With You"をかければ、それだけでいい。それで、本を30分くらい読めればなお良い。二年ぶりに村上春樹を読み返している。このあいだは「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」のうち、「世界の終わり」だけを掻い摘んで読んだ。今は「神の子どもたちはみな踊る」を読んでいる。違う著作だが、「デンドロカカリア」という仮想植物の名前が頭から離れない。多分「デンドロ」の部分がOligodendrocyteに被るからだと思う。オリゴデンドロカカリアの方が生々しくていいかも。あれはたしか、概念的な植物だったから、神経と連関すると生々しい。そう感じてしまうということは、自分も多少は唯脳論に毒されているのかも、と思う。
安部公房は、最近何故か読めない。不完全性定理と科学哲学は一冊ずつ保留してあって、週末に少し読みすすめられる程度。

QBだけやればいいなら、きっと面白いようにリズムが作れるだろうに、と思う。むしろ作ってみたい。けど現実はやっぱりもっと複雑で、今日はPALSのガイドラインを流し読みして、プレゼンのpptとシナリオを作った。模試の復習も全然終わってない。そんなだから、もうSTEPはがつがつ読まなくていいやと思った。
そういえば、マーカーを使うのをやめた。代わりに赤青鉛筆を3本買ってきて、1本を鞄に入れ、残りを自分がよく勉強する場所に置いた。鉛筆削りは常に携帯。
赤青鉛筆で引いた線は、やわらかくて、引いたところを読み返すと温かい気分になる。強調したいところは濃く、さらっと流したいところは薄く。

循環器のQBは長い。金土日に1日100問ずつやれば一般問題終わる、という夢を語ろうと思ったが、土曜日が一日潰れることを忘れていた。
小児科の抄読会の論文も読まなければならない。


日々の生活をこなしている。ほんとうはもっと、こなすことに真摯に、真剣にならなければいけないのかもしれない。そうしなければいけないという意識がなんとなくあるのに、実際していない、というのはなんとなく微妙な気分ではある。しかし、結果的に何らかの違和感を感じ、その結果決めた規律に相反する行動を起こしているのもまた自分である、と心から感じることが、ここでは重要なのだと思う。そう思えれば、僕から飛び出してしまった僕もまた僕になり、ほんとうの僕が現実のものになる。そういう確認作業の繰り返しが、僕を何かに没頭させる、安定した基盤を形成するのだろう。何かを制御する系統は、2つ以上あった方がいい。何かに没頭するという事象は、それを目的に、ではなく手段に位置づけるようありたい。少なくとも、没頭しているのが僕、なのではなく、僕が没頭しているのだ、と常に、堂々と言えるように。概念的には、常に、僕とその周囲の現実を、メタ的視点の可能性を意識しながらも、かろうじて直視、できるように。
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