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ポリクリは再開した、が。
ポリクリ再開した。なんというか、ばりばりの内科。。
新しい、高い実用性を備えた事象を検索し、それらに対する感覚を鋭くして頭に詰め込み、患者と他愛もない話をすることで過ぎていく。なんとも優雅なpre社会生活。
(ちなみに考えるとは、ある対象に対する感覚を鋭くするような類のことで、考えることによる事実から可能性への対象の拡大は、個体・性質・相関を個別に概念化した後、それらを現実とは違う方法で再結合することによって行われる、とのこと;論哲;きっと暫くはキーであり続けると思う)

 たとえばノボラピッドは、自分に1色のカーテンを敷いてしまったようだと感じる。全体が占領される割りに、その上には何も積み上がらない。それは単に血糖の下降を期待されたものであり、その方法に関して非常に優秀であり得、そしてその先には患者および社会の長寿への欲求があり、それは死という一点から患者を引き抜こうとする努力のみに帰着される。感覚的な話だが、そもそも医学とは何かを概念によって構築していく学問というよりは、事実の集積を横に並べてもてあそぶ学問というきらいがあるように思う。医学を知っても、例えばそれだけでは世界観の構築はできない。そういうものに埋もれていくとき、自分は不安である。100%占領された感覚の先端が、一体どこに向かっていくのか、その先に何があるのかは不明瞭である。行き先はわからないのはいいとしても、今まさにどのようであるかすら危ういし、そこには自分という存在はない。知識は莫大でどこからでも手をつけられ、その代りそこから得られる何らかの可能性は、より開いているように思われる。だが一方で、自分が全体と呼べるもののどこに位置し、どこに向いているのかを規定する因子が頼りない。自分はその海の中でやっていく自信が全くないわけではないが、何かが違う
 人は秩序を求めていて、そのエントロピーは全て石油の消費に帰着される、という対談を読んだ。それに習うと医療の場合、医学という秩序によって生成されたエントロピーは、人の死という形で無限大に発散されているとも言える。系がブラックホールのように開いていていて、その場所に吸い寄せられるのを、とどまるような方向への力を生み出すことで、安定を保っている、というこのイメージは、なんとも儚げであり、穿った見方をすれば滑稽であり、それでも必死にやらないと死に吸い込まれてしまう。そして付きまとう、何かの局所しかわからないことへの不安。
全体を知ってやろう、などと偉ぶったことは言えない。が、幼少の頃にテレビで見た、ETか何かの宇宙もののSFで、宇宙船がブラックホールに吸い込まれてボン!と終わってしまうあの当事者にはなりたくない。せめて傍観者に。その恐怖感が、きっと僕を医療現場への没頭から遠ざけようとする。

あと医学云々だけでなく、僕には、もっと経験が必要だと思った。そしてたぶんそれは、いつだってそうなのだろう、とも。
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コメント
この記事へのコメント
たしかにインスリンは血糖を下げるという単一の目的で使われるけど、ノボラピッドの上には何も積み上がらないというのは疑念があるなあ。
DMで足壊疽になってる人を見れば考えが変わると思いますよ。

あと、学問的にもインスリンはノボラピッド、ノボリンR、ノボリンN、ランタスといったそれぞれ目的の異なるものが用意されてるわけだし、それらを混合させたものもある。
なかなか面白いもんです。

ところでインスリンの1単位何を基準に決めたか知っています?古人の努力が伺われるような単位の決め方をしていますよ。
2008/01/09(水) 07:23:15 | URL | 不良 #JalddpaA[ 編集]
何も積み上がらない、というのは確かに言いすぎですね、すみません。。
自分の行動と発言が異なるのは本当にどうにかしたいところです、、

インスリンの単位は今調べてみたのですが、日本ではウサギの血糖降下作用で規定されているとのことでよいのでしょうか?
2008/01/10(木) 00:21:10 | URL | かめ #mQop/nM.[ 編集]
インスリン1単位はウサギを低血糖で痙攣に至らせる量だったと記憶しています。
これは日本だけじゃなくて、国際的にも同じです。
薬剤の単位なのにすごくアナログな決め方をしていて面白いと思いませんか?
それを決めるに至ったエピソードは具体的には知りませんが、純粋に学問的ではない人間の営みがあったんだろうなと想像するととても興味深いです。
かめくんが、ぱっとみて単色のカーテンだと思っても、近くによれば意外と面白い模様がそこに映ってるかもしれないですよ、と言ってみるテスト
2008/01/10(木) 01:12:26 | URL | 不良@酔っぱらい #JalddpaA[ 編集]
>近くによれば意外と面白い模様がそこに映ってるかもしれない
そうですね、その可能性については一応気をつけているつもりです、なので"一色のカーテン"という表現は、その意味では正しい表現ではないです。

自分は、自我と社会を分けて考える癖があって(おかしいと指摘されることもあります)、今回書いた内容には、社会的なことよりも、自分について考えることの方が、自分に合ってるのかも、というイメージが根底にあります。
社会的に見れば面白い模様があるのは間違いないけれど、自我という、社会と(僕にとって)全く違った観点から見ると、それは単色くらいの意味である、ということでそういう表現を使いました。
わかりにくい様に書いてしまって申し訳ないです(>_<)

単位については考えたこともなかったので、目から鱗でした!
2008/01/11(金) 02:53:00 | URL | かめ #mQop/nM.[ 編集]
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