This is a game.
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ゲーム
医療政策の試験勉強してて思ったけど、政策決定ってターン制のゲームみたい。医療者の特性、患者の特性、診療報酬制度という係数および情報の非対称性の噛んだ市場原理があって、そのブラックボックスに政策という名のinputを入れると、outcomeが出てきて、そのoutcomeを自分の良かれと思う方向に変えるべく、ブラックボックスを解明すると同時にとinputを改良するかんじ、でいいのかしら。

尤も哲学的な議論を除けば、大抵のことはお決まりのゲームみたいなことだと言うことも可能だから、この感想は稚拙なのかもしれないが。

研修病院をどうしようか考えるときに、必然的に科をどうしようか考える。選択肢はいくつかあって、もしその中からまじめに選ぶなら、進むべき科の現時点での重み付けをしないといけない。ゲームとわかった上で機械論に則ったゲームをしにいく方を取るのか、それともゲームかどうかの判断がついていない未知の領域について、その性質を考える方を取るのか。

最近良く思うのは、大体のことがじゃんけんで決まってしまったらどうなるのだろうということ。何かの評価の重み付けというのは悩ましくて、そこに力を注ぐよりも、決まったことに対してそれを実現させる方向に力を注いだほうがいいのではないか、と思うこともある。
たとえばレポートの課題が二つあって、自分がやりたいと思ったほうを取ったとしても、それがもうひとつに比べてめちゃくちゃ大変だったとしたら、数日後の僕は、数日前の僕を恨むかもしれない。そういうことを考えて何かを決定するのはすごく大変で、だから決まるときは勝手に決まってしまって、後は与えられた中で出せる力を出す、というのもひとつのあり方だと思ってしまうのだろう。自分で決めたことなら大変でもがんばれるんじゃね、という要素があることはもちろん了解済みなのだけれど、僕の場合決めた自分を恨めしく思うことがあるので、それが決める自分に重くフィードバックをかけているということなのでしょう。
まぁレポートの課題くらいならこれでいいけど、ここ10年間住む場所について、竪穴式住居か高級マンションかをじゃんけんで決められたら、それは確かによくないかもしれない。

何かを決定するということは、果てしなく難しく思われる。
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コメント
この記事へのコメント
悩んだときだけじゃんけんで決めたらいいじゃない。
じゃんけんしてあげるよw
2007/12/18(火) 02:18:59 | URL | なり #-[ 編集]
なり氏がもう一方の選択肢をとる状況でなら、是非☆ っていっても、そういう状況では大抵じゃんけんする方向で二人の間で調整が行われるんだよね、、

しかし今日の昼は盛り上がったねぇww
2007/12/18(火) 22:59:49 | URL | かめ #mQop/nM.[ 編集]
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