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炎上前夜~表現と倫理
「公務員が子猫虐殺告白 2年前の日記でブログが炎上」というニュースがありましたが。ネット上で情報を発信するというのは、今やリスクがつきものなのですねぇ。僕が個人的にどうでもいいじゃん、と思うようなことを祭り上げる人々は、結構いるもの。

自分が医者になってからこのブログが個人と結びつく形で発見されて、もしそこに「社会的に許されないこと」が含まれていた場合、それは間違いなく、自分にとって脅威となる。それは現在社会的にOKなことでも、後になってOKでなくなれば、やはりriskとなる。「この医者は医学生のときこんな考え方をしていた、こんなやつに医師免許を与えていいのか」とか書かれても仕方ない。

そのうちこのブログの内容から「機械論的唯物論を否定し、創発主義的唯物論を信じる医者なんてありえん」と祭り上げられても、僕は多分、文句は言えない。僕は事実その通りであった(ある)し、それをどうすることもできない。
(以下妄想)そのうち書き込みの日時から「どうやら授業をさぼっていたことがあるらしい」となって、「○○大医学部の教育の惨状~悪しき伝統」とかいう記事が某○LASHとかに例の写真入りで出て、Du○lo(試験対策本)発行創始者の某氏にマスコミからの電話が殺到、結局僕は大学に迷惑をかけたとかで「依願退職」に追い込まれるかもしれない。ああ、なんてリアル(遠い目)。でも、それが現実に起こりうる社会。

炎上というのは、一つの思想を取り上げて、それをネット上の倫理のふるいにかけて、一つ一つ、個人の発言を検証していく作業において起こる。言論・表現の統制に対する不満から表現の自由が獲得されたのと逆の現象がおきているのでしょう。良く言えば行き過ぎた自由が許された場における自浄作用。

卒業したら一度ブログを全部消去した方がいいのかもしれないなぁ。法医学勉強してると特にそう思う。。紛争を避けるためにすべきこと。

まぁそういうリスク回避も重要だけど、その前に敢えて正面から向き合って気になるのは、現代社会における表現の自由と倫理的規範の比較衡量について。
僕が思っている以上に、世の中の人々は倫理的規範を大切にするのかもしれない。好き勝手書くことが許される時期は、もう終わりなのか。でも極端な話、全てのリスクを回避していたら何も出来ないわけで、そのバランスをうまくとるのが重要なのか。(悪い言い方をすると)社会からの監視の目をいかに交い潜るか。
真実であっても、言っても耐えることと耐えないことがある。一行上の「悪い言い方をすると」以下の文言は、同じことを言っていても社会からはきっと叩かれる。そのバランスを、果たして自分は身につけていられるのか。
「この人にこれを言ったらまずいだろ」という読みは、個人を対象としているから対処しやすいし、結果も目の前で(相手の態度という形で)出るから努力のしがいもあるのだろうけれど、社会という大きな目に見えない対象を相手に「社会にこれを言ったらどうなるか」と考えるのは、またアンテナの方向を変えないといけないのでしょう。
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