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転移
所謂"受容、解釈、脱転移"の繰り返しが自分の中で起こっていて、その行為が生きることの楽しみの大部分であるかもしれないと思う。脱転移を起こす直前というのは大抵鬱だし、つらいイベントがあることが多いのだが、脱転移後に得られる安心感というのは、何物にも代えがたいものがある。それは明日以降の生活にまみれて長くは続かないけれど、癖になる温かさを持つ。
かなり前からこの思想はあったのだと思うけど、この三つの言葉をさっき知って、これほどぴたりと収まるとは、さすが精神療法の用語である。

ちなみに一昨日の深夜に比較的大きな脱転移が発生したので、ちょっと元気になりましたw

自分は少なくとも外界もしくは自己の一部に対して無意識に転移を起こしていて、それをいかに受容解釈し、転移から自由になるかが、多分自我のvulnerabilityを決める。
転移を最小限にすることは、自分が説明できる対象を最大限にすることであり、安定性からしても、自己の存在を規定する立場からも、望ましいあり方なのだろう。

医者は穴に落ちた患者を助けようと思って、同じ穴に落ちても良い、のぼってくるはしごを用意してあるならば。らしい。
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