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いろいろ。
なんだかぐちゃっとしてる。
今日は、まだ二週間回って見れていなかった脊椎のオペを見た。あ、オペがぐちゃっとしていたわけではなく。オペはいつもどおりトカトントンでした。音はトカトントンでも、太宰の書いたトカトントンとは比べ物にならないくらい充実感ありましたがw
夜、一ヶ月ぶりくらいにピアノを練習しに行った。弾いている最中の感情の表出と自意識の配分が下手だから、遂次録音して修正していく。音が駄目なのはわかるが、どうしたらいいかわからない。長期的展望に基づいた現在の設定が漠然としすぎているのだ。当たるのは短期的展望のみ。才能無き故、そして中途半端故。才能も努力も両方足りないから、どうしようもない。まぁそれでも中途半端に楽しめるからいいのだ。そこは妥協できる。音楽は、生活を少し豊かにするもの。
でも勿論、自分が音楽を作ること以外に、妥協できないものだってある。生活を修飾するような位置づけのものではなく、生活そのものといえるようなもの。

今の自分について考えるとき、自分が成長してきた過程を振り返らざるを得ない状況がこのところ、ある。過去というのは表面に浮き出る今の自分を底の方から支える地下水脈的な役割を果たしているようだ。それは、それ自体はどうやっても訂正不能で、その影響は今の自分のどこかに効いている。だから、考えるほど嫌になる。
自分は成長段階において、自分の根幹に他人を含めてこなかった。僕が他人に何かを求めるとするなら、それはただ、同じ方向を見て歩くことなのかもしれない。たぶん。

こんな夜には、リヒターの管弦楽組曲を聴きながらクエスチョン・バンクを眺めるに限る。本を読んではならぬ。
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