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秋の過ごし方
コンビニに本をコピーしに行ったら、風が気持ちよかった。秋よのう。
満腹時の摂食行動は、行為そのものによって得られる体験が、自分の中の何かを変容させたまま、自分を都合のよい状態にロックしておく作用を持つ。秋に食欲が増進するのは、このロック機構が秋風によって惹起されるからではないか。

100も200もあるピースから一つ摘み上げて、それが周囲の四つのピースにぴったり合うなんていう確率は極めて低いだろう。でも、パズルとはそういうこと無しには完成しないものであって、確率が低いからといってエイヤと無理に押し込んでしまうと、出来上がった絵柄に致命的な欠陥が残る可能性がある。
逆に、そもそもそういう考え(欠陥、とか)は融通の効かないアフォな考えで、本来絵柄は自分で修正可能なのであるから、ピースを組んでから変更すればいいではないかとも思う。でも、きっと何かが違う。

確かに、新しいことを始めてからそれに合うように自分を変えることは、余程の無理がない限り可能ではある。けれど、抹消の行動まで一貫した理論で貫くためには、ちょっとしたことであっても根本的な部分を変える必要がある。たとえば音楽の趣向一つにしても、それを変えることで自分の精神世界は大きく変わる。

僕は多分、今の自分の根本にあるものを、憲法九条のように、理想としての位置づけにしたいのかもしれないと思う。それを変えうるのは概念的な言葉を用いた本質的な議論か、突発的で回避不能な衝動と呼べるようなものだけで、それ以外の計画的反抗によって変更を促すことは難しいのではないかと思う。変更することによって生じる事象は膨大で、考えるだけで面倒くさい。僕は、根本の概念の改定もしくは外力無しに、それ以外の末梢部分からは、積極的に自分から自分を変えようとはできないのかもしれない。

知識が頭に入っては脳のどこかに引っかかり、それ以外の大部分はさらっと流れてしまう感触の、感傷的な賞味。秋風の知覚と、ロック機構によって説明される、それをいつまでも感じていたいという情動、そして摂食行動のもたらす自己の反抗的肥大。今年の秋のテーマ設定は、果たしてこれだけでいいのか。
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