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夢とは何か、
今、ふとよくみる夢についてを思い出した。何の前触れもなく。
今のところ社会的に暇なので、どうでもいいことばかり書いてしまいますね。。

夢の内容は大したことない。自分は中高のとき鉄緑会という塾に通っていました。典型的な詰め込み型の塾で、休むのは、余程のことがない限りありえないかんじでした。一度休むとついていくのが比較的きつい。それなのに、夢の中では週二回の英数を二ヶ月くらい休んでて、欠席者教材(一度の講義で配られる資料は結構多かったような、)が山のように手元に届く。宿題(これも当時は膨大に感じた、)も全然やってなくて、もはやこのクラスに復帰してやっていくのは無理だ、という果てしない絶望感と先行きの暗さ、そしてやるべきところに手を付けていないことが明白な、表紙が黄色・ピンク色の英語教材と、あの無機質なビルの受付で、カウンター越しに、テンプレートに先生が手書きで書き込んだノルマリスト(休んだ人はコレコレシカジカをやっておけ、という指示)が想起されるとともに夢は終わる。

内容自体は何の示唆も与えない夢ではあるが、たしか繰り返しみたような夢だったように思う。ところで、「夢だったように思う」と書くとき、言いようもない違和感が走る。
意識が清明なときに思い出す夢というのは特別なもので、自分は本当にその夢を見たのか、という気分になる。夢を見たと想起する事象自体が「夢」なのではないかと錯覚するような感覚に襲われるのである。でも、僕は今夢を見ているわけではない。おそらく、ここの言葉の使い分けが自分的に味噌なのだと思う。

夢の中で夢をみているということもある。大抵内容はよく覚えておらず、とりあえず生理的におぞましい雰囲気の中にいる感じなのだが、その夢からがんばって抜け出して、さぁ楽になれる、と思ったら、実は体が動かなくて、まだ夢の中でしたーみたいな。自分はまだ夢の中にいて、覚醒しているときの「あの」状態ではないことがわかる。そしてその後は必ず金縛りがきて、危機的な寒気に促されるように、覚醒しようとがんばる。

夢とは何か、という問いに対する答えを、記述するのは難しい。それはおそらく僕が夢について書き始めて間もないからであり、これからいつもより注意して夢を見て、そして書いていくことによって、僕なりの夢の定義ができてくるのに期待したい。語学と同じで、自分が書いた、夢として表現されたものをたくさん読んでいくことで、僕が何を持ってして夢と言っているのかが徐々に明確になっていくのか。
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