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涼しい~
うーん、ひきこもり。
この夏はやりたかったことの半分強やったし、やりたくないがやった方が良かったことの2割くらいやったし、まぁ欲を出すと切りがないですからね、、総じて満足ということで。。結局合コンいってねーw

強制はされたくないけれど、完全な自由も嫌というのは、自分に無責任な証拠なのでしょう。それでも、自由になった時にすぐにとりかかれるいくつかの切っ掛けが出来たのは、この夏の少しの進歩でした。

携帯を変えました。Felicaの使い勝手がいまいちわからぬ。EdyとかモバイルSuicaには使えないのかな? あとデザイン優先にしたため、極めてメールが打ちづらい。
迷惑メールが多いので、メアドを変更しようか迷い中。

急に涼しくなったのでテンション落ちまくりの今日この頃ですが、あと三日の休みをなんとか過ごさねば。そろそろ勉強でもしますか、、(遅。 と思うにも、三日間で何を勉強したらいいかさっぱりです、、
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PTNA,SecondLife
PTNA特級の決勝は聴きごたえありましたー。
てか4時間聴きっ放しは相当疲れた。。
中でも實川風君は、これから楽しみだと思いました。自分は音楽評論の語彙が無さすぎるので書くには余るのですが、彼の演奏は実に精緻でよくコントロールされていて、数年後、10年後が楽しみです。ただ審査では三位になってたのが??ってかんじでしたが。まぁ審査にはいろんな基準があるのでしょう。聴衆賞は彼がゲットしていたので、納得。

あと今日はじめて、傍で噂のネットゲームSecondLifeを体験してみました。
あれは間違いなく引き蘢りになります。やばいです。。
幸い自分は面倒くさがり屋なので、あれが習慣になることは無いと思われますが、、なんともエキセントリックな世の中になったものです。。

実験はびみょーなかんじ。シーケンス読めない。
週末は研究室に行かなかったのだけれど、すごくQOL高かった。なんとも。
ぐだぐだと
昨日は学校のメディアに行ってみました。地下書庫再上陸。

どうも最近の思想家は創発主義的唯物論に収束しつつあるのではないかという印象。

今日はPTNA特級の全国決勝らしいので、これから行ってきます。

朝型になってしまった。昨日は11時に寝て、6時に起きた。

やっと理想的な配分で時間を消費できている感覚。あと一週間しかないが。
読書にあたって
最近読んだ本のある章の印象:
純粋な論理は人間の「確認」作業に反抗的である。ヘンペルの逆説によって、この性質は明らかにされた。

もう一つ印象に残った言葉:
逆説が生じうることは、その系が理解可能かどうかの必要条件を形成する。

心身問題にはいくつかの論点がある。二元論としては平行説、随伴現象説、オートノミズム、相互作用説、アニミズム。一元論としては観念論、中性的一元論、消去的唯物論(行動主義)、還元的唯物論(物理主義)、創発主義的唯物論が分類されよう。
個々の解説書というのは近年わかりやすい日本語で出版されてきており、良い出会いさえあればそれなりの理解をすることは可能だと思う。だが、僕がいつも嫌になるのは、こうした主義論理を理解する時に必要となる言葉の曖昧さである。イントロダクションの段階で、例えば「心」とか「精神」という言葉がたくさん出てくる。僕はこれらの言葉を、著者が述べようとしている文脈の中で、如何に理解したらいいのか。そこまで明確に定義がなされているのは、僕の知る限りヴィトゲンシュタインの論理哲学論考くらいのものである。
僕は、基本的に自分の理解できる言葉を信頼していない。理解可能であるものは、少なくとも反証可能なものであるというポパーの説があるように、自分が正しいと思い込んでいるそのどこかにこそ、解けない問題の鍵がある。懐疑主義傾向のある論理的思考を続ける限り、この絞扼感から抜け出すことはできまい。
書物を読み進めていって、結果自分の中でその説を棄却したい事態が発生することはよくあることだが、それが自分の枠組みや定義で読み進めていった結果なのか、それともそれは本当に(この本当という意味もまた議論の余地があるが)、棄却されてもいいものだったのか。価値判断というのは、当事象同士の関係性でしかないという観点からすると、その時点で自分によって棄却されたものは棄却されたものであって、それ以上の価値判断は難しいというのが現実なのであるが、やはりどうしても気になるところではある。
しばらく
しばらくは自然科学に根本的な興味関心を持つことはできなそう。
もし自分が将来自発的に自然科学を修めるとしても、それは相当のことを勉強し、考えてからになるでしょう。優先順位的に、医学は実学として学ぶので充分。
そんなモチベーションなのに九月からポリクリ再開するのだから、戦々恐々。。

オー人事オー人事!(違
いろいろ
えーと、、最近いろいろなことが起こってまつ
土曜の夜から日曜の朝にHyemoonの送別会。
飲み→カラオケ→ボーリング→卓球→ラーメン→学校まで歩く→駅へ
ってかんじでした。名残惜しかった(>_<)
また会えることを信じてます。

駅まで送った後(朝六時)研究室に行ったら先輩がmaxiやってた。ビバ夜型。
インキュベーターに培地かけて帰って寝て、昼前に来宅した親に起こされて、飯を食い、本を買った。新宿紀伊国屋は夏前と大分本が変わってた。てか脳科学と哲学を絡めた本の帯に、ほぼ必ず茂木健一郎の書評があるのが微妙。彼の名前をのせれば売れるとでも思っているのか。。てか本の中で彼を焦らすようなことを書いてる本にも「展望が開けるであろう」とか書いてると、おまえはなんだと言(以下略

「心脳問題」読み終わった。すばらしい本です。これを基盤にして広げていきたい。
やはり、何を考えるにも文脈というのは欠かすことができないようです。なんででしょう。その辺は言語の形式とかいう話になるのか、、曖昧ですが。

研究室に戻ったらインキュベーターが止まっててorz,,,,,,
前にサンプル入れた人がタイマーをかけてたらしい。面倒くさいので10h/15hの培養時間でそのままmaxiやったらDNA濃度が0.068λとか出て、結局やりなおし、、、めんどいよーー 
オープンキャンパス
ふとしたきっかけで、シゾだと思われる人物の書き込みを見つけた、、「東○マインドコントロール虐待犯罪被害者」
○には、かの有名な電機メーカーのToshi○aの入れてググってみてください。覿面にキてます。電磁波によってコントロールされています。

オープンキャンパスは、思ったより楽しかったです。ただ二日で睡眠五時間で行ったため、最後の方とか気合い入れてないと意識レベルが落ちそうでしたが、。
てか会場でおがちゃんに会いました。講演があったそうです。日韓のお礼を言いにいったら、相変わらずgentlemanのオーラをむんむんに出してました。さすがです。
あと哲学科の学生相談担当の学生がちりちりの長髪で、相談所の席に座ってるのに本を読んでいるという周囲と明らかに異なるオーラを出していたので、交信しにいきましたw ここじゃ話すと長くなるからと、何やら名刺をもらいました。びっくり社交的じゃん!
医学部学生の相方は何やら話が弾みました。一年生って若いですねー、ほんとに。何でもできる可能性を秘めている時期だし。自分が一年生のときには上級生にそのように言われて意味わからなかったけど、今となってはよくわかります。自分の周囲に数人はいる、学生を何度もやる人が羨ましかったりw
今日は結局日韓に顔出せなくて残念。。0時ころ帰ってきて寝たのですが、三時間毎に目が覚めます。しかももう眠れそうにないし。どうなってるんじゃいっ(>_<)
日記
昨日は三時まで眠れなかったので寝るのを諦め、朝から予診。予診室と診察室の間で、受診してたTT氏とA葉氏に会う。TT氏の顔みるとにやけてしまうし、A葉氏に至っては「先輩ちわす!」とかでかい声で言われるので、医療関係者としての立場が危うくなるのではと危惧されました。 結局4時間で17人、えぐかった、、8分で話聞いて、6分でCC,OC以下、FH/PH/Allergy/Drug書いてってかんじか、、でも診察する先生はその倍速以上でとばしているわけで、しかも終わってから診察室に同席してたらムンテラもすげーちゃんとやっているわけで、つくづくすごいなぁと思ったわけでした。
でも読書と研究だけの生活から臨床に引き戻されたので、ちょっとは医学もやらなきゃーと思えたのはよかったかもです。でもやっぱ精神神経循環以外はまるで人事のように興味無いのは確かな事実。。

その後研究室へ、部屋の電気が半分くらい落ちてたので入るのをためらってたら、なんか外が暑すぎて電力が逼迫してるから、リサパ全体で節電せよとの命令が出たらしい。どんだけ、、中国の一部とか北朝鮮とかはいつもそんなかんじなのでしょうか。エレベーターも大きいのが一基止まってるし。
それから夜に、うちの研究室の元院生(現在社会人)2人現わる。お盆になって戻ってくるって、御先祖様じゃあるまいしw それに先輩ともう一人院生が加わって、二時くらいまでしゃべってました。おもしろかったー。昨日書いた科学の越権説に反対意見は無い模様で、嬉しい限りです。
てか二時間寝たら起きてしまって眠れないので、今日はこのままオープンキャンパスの学生相談に突入予定。。睡眠障害…?
科学の越権
疑問を持たずに突き進むことは時には勿論必要だが、時間のあるうちに自分が進もうとしている経路を見直しておくことは、勿論必要である。
今の医学部が職業専門学校であることには間違いはなく、たとえ気を利かせてその職業の意義や意味までは問うとしても、肝心な、個人として如何にその職業を乗りこなしていくかについては全くと言っていいほど疑問を持たせない。小学校の理科の時間から続く、一種の科学教(大森荘蔵曰く脳産主義)の洗脳教育といえよう。

「科学は、唯物論に則って記述され、すなわちカントの第三のアンチノミーの反対命題のみが正しいと宣言するところから始まっている。もしそうであるならば、科学に於いては、人間の理性(or言語の形式)が持つもう一方の側面、カントの第三のアンチノミーの正命題としての側面は、大きく見落とされている。」

という本を読んでいる。クリアーカット☆
(ちなみに、反対命題と正命題は全く同次元で受け入れることはできない。それを解決するために、大森荘蔵は両者は「重ね合わせ」のような関係にあると言っている。しかしこの解決は、あくまで両命題の位置づけの解決であって、心と脳の関係性の問題を一つの次元で解消しただけであり、問題そのものを解決したことにはならなっていない、、その後の議論は未だ自分的に不明、、)

そのことを全く無視して「脳を科学的に知れば精神がわかるだろう」などという、心身問題を全く無視した推測がなされ、精神科に於いても科学一辺倒の分析がなされようとしている。これは科学の越権であり、この風潮は何としてでも押し止めなければならない、と思うのですが。少なくとも人間の心とでも呼べるような分野に応用可能生のある科学に携わる人には、この辺の議論は徹底的にしていって欲しいものです。

今晩は眠れなかったので、夢はみませんでした。。
これから皮膚科の予診です。ちょい緊張、、
英会話夢枕
新聞部の関係で昼はPCの前に軟禁気分、夜は研究室という生活。
Utuになりかけたので朝型に戻すために、昨日は帰ってから本を読むのを諦めて三時頃寝た。夢を見た。

何やら、高校時代の塾の数学の恩師Nの前で英語の口頭試問をされている様子。「何か喋ってみてよー」って言われて、自分が英語を話すのが苦手な理由を言う。しばし吃りながら、"Speaking English is some kind of exercise, I think. But I have little chace to practice, so..."
なんだー、一年前と全然変わってないじゃん、と言われる。何してたの?、と。状況は高校二年のときに戻っているらしい。周りからは哀れみの視線が送られる。いや、数学と物化をやっていて…と口では言うが、数学の伸びは甚だ悪いのだと心の中で思う。あの分厚い、電話帳のような問題集… そんなことより、自分はここ数ヶ月受験勉強自体から遠ざかっているのだ。脱落者。しかし、そんなことはどうしても口にはできない。自分だけの秘密。何ともいえない罪悪感のようなものと、自分の中身はどんどん腐敗し、遅延しているのだという圧倒的な残念感。この"遅れ"を取り戻すことは、到底不可能に近い。

しばらく自分の置かれた状況がわからない。暑い。頭を起こしてみると、外では油蝉が鳴いている。車の音が少ないから、交通量は少ないようだ。首からはじめて、肩、腰と体全体を180度反転させ、顎を枕にのせて、上目遣いで睫毛を凝視する。その先にぼんやり見える窓が薄明るい。そこで、目が覚めた。


起きてからつけたNHK-FMではショパンのピアノソナタ、葬送行進曲が流れている。ああ、今日も一日が始まった。

…軽く安部公房の文章の癖が移ったぽい、、
見た夢は夢的には確かな事実で、最近よく受験勉強間に合ってない、てかむしろやってないし、、という夢を見る。いろいろ分析はできそうなのだが、夢を見ただけで疲れ果てたので、却下。またの機会に。。
いらいらっ
この世の文明の利器で最も嫌いな携帯メール@仕事を打ち続けて数時間。
不可能を可能にするdeviceは、人間に負担をかける。科学は帰納によって真理保存性を破壊し、とどまることのない人間の欲望を助長する。主客を分け、形而上的真理を追求するその性質上、人間の幸福追求としての機能は果たしえない。
それは偏見としても、とりあえず手紙か電報の時代に生まれたかった。。
東医体終了
終了しました
練習してないとはいえ、自分は中高経験者に勝てないなーという印象。その括り方はないだろー、てか練習してから言えという話、だけれども。練習してる後輩は経験者に勝ってる人もいるので、対策と練習によっては勝てるのでしょう。団体戦に出られるとか出られないとか、経験値がどうだとか、勝てない人の言い訳は本当にいくらでもあるけど、勝てる時は勝てるのだろうし、初心者上がりで試合慣れできない悪循環に陥ってる人は、今回しょー○が勝ち残った要因を盗んでみると良いのではないでしょうか。自分も遅ればせながらその点勉強させてもらいました。

四日間千葉に通うのは疲れました。
片道一時間、座れる電車の中ではそこそこいろんなことが捗りました。電車通学をしなくなって2年経つけど、それまで電車の中でとってた有意義な時間分を、電車通学しないタイムスケジュールのどこに組み込むかは難しいところです、改めて。

東医体は終わったけど、これから新聞の取材がどわーっと待ち受けています。わわー、、早く引退し(ry
てかまた変な時間に起きてしまったyo、、、
団体戦終了
東医体2日目まで終わりましたー
体育館熱いです。飲んだ分だけ発汗します。
団体、女子は健闘してたみたいですね。男子はなかなか勝てないようです。
まぁでも個人戦ではダブルスで腐れ縁の組で初めて一勝できたから、いいのではないでしょうか。
明日からはシングルス個人戦です。
今日は年次会なのだけれど、自分は行きませぬ。仲のいい友達の殆どは参加しない(というか一人は今回の東医体すら来てないとか、、)ので、もういいやと思って。新たに開拓すると言っても、卓球を愛して止まない人とどっぷり語らうのは、多分ちときついです。そもそも勝負自体が自分の考え方に合ってない。真面目に考えるほど「勝っても負けてもいいじゃん」と思ってしまうので、根本的に競技卓球を愛することはできないのですね、きっと。

さっきamazonから本届いた!
本屋で買うのもいいけど、宅急便の箱をあけた時のワクワク感というのもいいものなのです。てか読んでない本が溜まり過ぎ、、、物欲も程々にしないと…。。
東日本医科学生以下略
明日から東医体っす。周りの友人の多くは数ヶ月前、もしくはもっとまえからこのために調整してきているわけで、がんばってほしいものです。スポーツという行為に情熱を傾けられるのはすごいことだと思います。
自分はこの一年に数回しか練習出てないし、部内リーグも参加してないので個人戦だけです。団体戦の日は二日間とも応援のみです。数回の試合を除いてレギュラーになったことは数少ないので応援だけひたすらというのはある程度慣れてますが、卓球部から幹部終了とともに離脱してから一年経つし、やはりなんかなーと思ってしまう部分はあるわけです。卓球部が僕にもたらした、ものの考え方の殆どは、そういう類いの苦悩から抽出されたものといっても過言ではないでしょう。まぁでもそういう苦痛を伴ったジレンマというのは何かを生む可能性を秘めているので、あながち経験的には悪いわけではないのですが、、今の自分にそれが依然として必要かどうかはcontroversial、Words fail me。


家を六時半発、、早く寝なきゃ~
片道電車で一時間なので、意地でも座って、本を読もうと思います
さてはて
今日はつかれた、、北へ西へ大移動。。
前日の徹夜から六時間寝たため夜は三時間ほどしか眠れず、朝早く研究室へ...PCRだけセットして、一度電車で大宮の実家に帰ってそこから車を出して、佐野厚生総合病院に先輩に会いに行き、佐野ラーメンを食しました。そこから大宮に車を戻して、今度はたまプラーザで友人主催の「ワインの会」と呼ばれる集会に出席してきました。
そこでは実にいろいろな人に会いました。世間は狭いです。知り合いが網目のように絡まっています。それ以上の感想はいろんな意味で今のところ持ちづらいという印象でした。
強いて言えば(これは感想ではなく観察してきた事象になりますが)、人間同士の開放的なつながりを求めている人々が存在して、その一部の人々は自分のバックグラウンドを基盤にしたコンサルティング・社会に対する政策など、社会をどう動かしていくかに強い興味を抱いていた、ということでしょうか。そしてそこで何かをそれなりにやっていくなら、人の名前と顔を覚えるとか、どんな人とも他愛もないことを当たり障りなく喋るとか、他人に興味を持つとか、そういうことが僕の能力および想像以上に必要とされるという印象でした。 そしてそういう志を持った人々というのはいろいろな集会や活動を通じて知り合って、強靭な人脈ネットワークを形成していく。
多分大多数の人間が現在の国際社会で生きていくというのは、そういうことなのでしょう。

んー疲れすぎて文章支離滅裂ですが
とりあえず総じると、まずは同じ事象に興味を持つ人間が集まることは重要なのでしょう。そして今日会った人々の多くは、僕が普段興味を持っていないようなことに絶大なる興味を抱いて、力を注いでいるという感想でした。自分も少し自分の属するコミュニティーを考えないといけないのかもしれませんね。どうしたらいいのでしょ。。こういう道こそ自分の嗅覚とか努力でしか切り開けないのでしょうが。

やはりまずは自分が何をしたいのかをはっきりさせることでしょう。チャンスのある毎に適度に外部に露出しながら、知識を固めていくのがいいのでしょうか。この辺は論理的に考えても埒があかない部分なので困ったものです。
桃鉄と格差について
「徹夜で桃鉄」が遂行されました。高校時代にそういう概念があるということを聞かされてから早六年、ついに自分は体験したわけであります。終えた後の、それが無力感であることを認めたくないような明白な無力感というのは、そう体験できるものではないでしょう。あー朝日が眩しいよ。なんでこんなに太陽が熱いんだ。社会は働き始めている。
研究室にいて朝日を見ることは自分の体内時計的に結構にあって、そういう帰宅時に感じる朝日には、一応一仕事したというわずかな感動と、これから仕事を始める人と自分とのギャップに少し多くの寂寞感のようなものがあるわけですが、スリとかボンビーのなすり付け合いに脅かされながらの桃鉄15年という長期の試練の後味というのは、試験直前の徹夜明けの爽快感と似たような虚しさが溢れているものです。まぁそれはそんなに描写することでもないですね。。ああ、筆舌尽くし難い。

ちょっと違う話ですが、これも高校時代から感じていたことで、自分よりも理解力のある人というのは絶対に存在していて、そういう人々というのは、同じリソースの処理であっても、物事の捉え方であるとか意識内での処理の仕方、論理的思考における集中力が明らかに自分より優れている。それゆえ年月が経つ毎に、その積み重ねとしての物事に対する考え方、理解の深さというのにはおそらく、指数関数的な開きが出てくる。この部分の能力というのはある程度はトレーニングで向上することは経験済みであるが、そのトレーニングをする機会というのにはなかなか恵まれないものである(ちなみにMCBの講義はいいトレーニングではあった)。とくに、同じコミュニティ内の人々ではこの差を意識することはできなくて、違う集団に属する人と話して初めて気付くことが多い。自分では到底語れないようなことを語っている人の話を傾聴することは、非常にためになるし、そういう意味で刺激になる。議論に関してただ一つだけ、その場では埋め難い障壁があるとすれば、それは、ある一つのことを言うのには、多くのバックグラウンドの知識が要されることであり、それゆえ純粋な思考力以外の要素も発話者に近いものがないと理解が難しいことである。だからより一層、歳を経るに連れて知識量および理解力の格差というのはどんどん開き、気付かぬうちに「雲の上の存在」というのが出来上がるのでしょう。
この「格差」は、一筋縄の努力では克服することは難しく、さらにその努力の方法についてどれだけベターなものを知っているかということについてもまた、どこかで格差づけられている。こうした多段階の「格差」というのは驕ることなく周囲を見回していれば歴然として存在しているわけで、自分はそれを己によく言い聞かせて、その理不尽さを噛み締めつつ、追従する努力を怠ってはいけないと思うわけです。それと同時に、直球勝負だけではなくて、だいたい同じような能力を持つ集団が確立してきた方法論を、そのコミュニティの一員として学び、ちょっと斜めの視点から変化球を投げ込むことへの努力もしないと、社会的に食べていくことに加え、自己満足的にも、いけないわけです、きっと。

清々しい朝です。おやすみなさい。
外科
実習はビーグルでした。いびきをかいてました。
外科の先生がデモ手技中解説し通しでした。稀に見る光景
外科はやりがいあるのは間違いなさそうです。一仕事した感があるし、あの数時間手を加える作業で病状が一気に改善するとしたら、内科に比べれば治した感が強いのでしょう。
今回は電気メスではなかったので結紮の重要さもわかりました。
あと内科の手技との大きな違いは、患者が起きているか寝ているかではないのかとも。

つかれた~
明日は早いー
数ヶ月ぶりにGreeにログインしてみた。ランダムで飛んでみたら、やたら同じようなアバターを写真に使用し、学校もコミュニティも友達も登録されていないような、副垢と思われるアカウントばかりに突き当たりましたよ。mixiでもそういうの増えてきたし、どうなってるんでしょーね。

今日研究室でピペットでちまちまやってたら、ベンチの反対側からオーベンが覗き込んできて、「そういやT先輩と合コンとか行ってきたの?」と聞かれてびびった。焦って思わず裏返った変な声で返事してしまったよ。何でもT氏が自分と合コンに行こうかなーみたいなことを話していたようで。でも誘われてないっすよ!……先輩!


やっと休み始めの頃のストイックなテンションを思い出してきた今日この頃。自分のペースで回そう。
明日は外科の動物実験実習なので早起きです。
まずはなによりも朝起きられますように。。
はちがつ
八月になりましたね。貴重な夏休み1/3が終わりました。毎日やろう!と思っていたことは案の定続いていません。続けられる人の構造を知りたいです切実に。
とりあえず上海から帰ってから体調悪い状態が続いているので、それをなんとかしたいですね。一日一食で済むのは経済的には助かるのだが、体に力が入らないと実験も微妙にままならぬ。中国はもういいや、。。

明日から卓球部は合宿だそうです。今年は自分は行きませぬ。ちょっと変な感じではあるけれど。行かない分じゃあ何をするかというと、それなりの目標はあるのだけれど、それが達成されないとじゃあやっぱ行ってた方がよかったじゃんと評価することになるので、行かない自分を積極的に認めようと思います。おらはいかぬ存在なのれす。

あ、あと昨日の付け足しで、科学は間違いなく幸福を追求する存在ではなく、絶望を深める存在でしょう。

明日はまず洗濯して部屋掃除しよ~
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